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採火式典開催報告

Candle Night 1 Pi:ce 2008 夏至 採火式典開催報告

日程:6月14日(土)、15日(日)

場所:福岡県八女郡星野村

 

14日、今回キャンドルナイトワンピースの主催者として名乗りをあげていただいた
全国のピースフレンドがこの日、一堂に集まった。

集合の様子

北海道、東京、神奈川、京都、大阪、兵庫、広島、熊本、沖縄、全国各地から集まった。
北海道へ平和の火をヒッチハイクで届ける東京の女性二人組みも無事到着した。

ヒッチハイクで火を届ける二人

12時 JR羽犬塚駅に集合し、予めメーリングリストなどで交流していた人々と目と目を合わせて
会話し、触れ合い、喜びのうちに挨拶を行い、今回の趣旨とスケジュールを確認した。

一堂は最初のプログラムの会場、八女市町村会館に向かい、近所の食堂で食事行った。

最初のプログラム。

原爆・平和学習。

スティーブン・オカザキ監督の「マッシュルーム・クラブ」を鑑賞した。

8月6日を生き続ける10人の物語。

僕らは毎日、未来に向かって過ごしている。
しかし、8月6日の原爆の影響を今もなお受けながら過ごされている方々がいる。
僕らは決してそれを忘れてはならない。
しかし、その事が風化されつつある社会がある。

そして、広島で平和活動をされていて、マッシュルームクラブの製作にも関わったANT-Hiroshima 
代表 渡部朋子さんにその映画の解説及び原爆の事、広島・長崎の事を語っていただいた。

渡部さんのお話

渡部さんは言った。

「ただ忘れないだけではなくて、この事実をきちんと世界に伝えていく責任があるのではないでしょうか?
そして、小さくてもいい、自分にできる事をやるべきではないでしょうか?」

八女市町村会館を後にし、八女市横町町家交流館へ移動する。

平和の火を持ち帰り23年間守り続けた山本達雄さんのご子息・山本拓道さんのお話を聞きました。

山本さんのお話

この火に込められた想い。
叔父さんの形見の火であり、
原爆の事を忘れないための火であり、
アメリカへの呪いと復習を誓う火であり、
恒久平和を願う火であり、
山本達雄さん一人の心の中でも様々な意味があり、ずっと様々な感情の中で
この火を見守ったそうです。
そして、最後に語ったのが

「戦争だけはしちゃいかん」

という言葉だったという。

山本拓道さんのお話の後、バスに乗り星野村に向かった。

バスの様子

約1時間、バスに揺られ、ついに平和公園に着いた。

平和公園

平和公園のモニュメント、そしてその火を目の当たりにし、ピースフレンド達は興奮した、そして静かに祈った。

 

そんな中で、平和式典を開始した。

平和の火の説明として、絵本「原爆の火」を朗読した。

絵本

1ピースの約束を改めて説明させていただいた。

ピースフレンド代表として北海道の目良さんに誓いの言葉をいただいた。

誓いの言葉

そして、ついに一人ずつ火を採火していった。

  採火の様子

採火の様子

受け取った火の温もりをしっかりと感じた。

温もり

事務局から最後に3つの事をお話させていただいた。

一つ目は、ここに集まった同じ火を使ってキャンドルナイトを行う仲間とのつながりを感じながら
キャンドルナイトを行ってほしいという事。

2つ目は、この火に対して、とても辛い事を思い出したり、悲しい気持ちになる方がいらっしゃるという事を
理解したうえで、自分達は未来の為に、この火の存在伝える覚悟を持ってほしいという事。

3つ目は、この火は扱う者の心を表す、だから穏やかに、丁寧に、やさしく扱ってほしいという事。


最後に全員で円陣を組み、一つになって採火式典を終了した。

円陣

式典の後、食事を皆で準備し、温泉に入り、夜はカレーを食べながら、山本拓道さんを囲んで
夜中まで平和について、自分達が行うキャンドルナイトについて、そして自分について語り明かした。

食事の様子

 皆で、最高のキャンドルナイトを開催します。

 

以下ピースフレンドの方々の感想です。

「たくさんの出会いに感謝いたします。私たちのキャンドルナイトのイベントにとっても、私自身にとっても、とても意義深い旅となりました。」

「ココロからありがとうございました!ステキな空間や時間を共有できまたそれぞれの地へ持ってゆく事ができたことと思います。夜中までみんなで話せたお陰でキャンドルナイトまでの時間も自分との対話を深められています。」

「ピースフレンドのみなさん素敵な出会いをありがとうございました。こころから感謝いたします。子供たちも喜んでいました」

「星野村での時間は今回のキャンドルナイトだけじゃなく自分自身にとっても大変貴重な経験になりました。
星野村の火は、人を殺した火であるだけじゃなく、火の存在によってこれから人を救う火なんだと改めて教わりました。この火についてあんなに考えてくれる人が増えたら変わらないはずがない。この火に出会う人に、火の想い出を伝え聞いたかたちにはなるけど、一生懸命話します。みんなの話や想いも話します。
それがこの火を使う者の責任だと、今は思っています。」

 

「平和公園にある平和の火を見た時、 大げさに言うと腰が抜けた。 普通の火じゃない。 これが沢山の命を一瞬で 奪った。 それだけではすまない。 後遺症に苦しむ人。 いつか、戦争の語り部の方も居なくなる。
今私の手元にあるのは 沢山の命を奪った火 殺した火。 色んな方の色んな気持ちが詰まった複雑でナイーブな火。 そんな火の事実を知り 私達は伝えていかなきゃいけない。 」